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生物多様性 に関するQ&Aを掲載しています。

環境ビジネスQA

  
2011年10月14日 Q.質問
なぜひとつの生物種を絶滅させてはいけないのでしょうか。 なぜ種は保存されなければいけないのでしょうか。 「生物多様性は---保存されなければならない」という命題は、それが余りにも繰り返されてきた為に「アタリマエ」となったのですが、私はその命題の論拠を理解しておりません。 また、上の命題の裏を返すと、「生物多様性が保存されている限り---我々はいくら生物を殺しても構わない」ということになりますね。実際そのような理由で、ウシとかブタとかの屠殺は問題にもされないわけですし。 とすると、「生物多様性を守ろう」とか言って、カワイイ鯨とかイルカとかカンガルー(これは「害獣」ですから無いかも)とかアザラシとか見せてくる「エコロジスト」の姿が、たいへんグロテスクに見えてきます。いかなる意味においても人間のためであり、動物のためにやっているのではない、ということです。 注意していただきたいことは、「個々の動物」はどうでもよくて、全体の「種」のみを見ているということです。
2011年10月20日 A.回答
生物多様性保全の理由については、別の方への回答がありますので、詳しくはこちらをご覧下さい(↓)。 http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1471327609 http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1173115266 エッセンスだけまとめると、 ①.我々、ヒトは、生き物たちの相互関係(生態系)から産み出される「生態系サービス」に依存して、自分たちの生命を養い、社会と文化と経済とを維持している。 ②.「生物多様性」はこの「生態系サービス」の基盤=供給源なので、これが損なわれると「生態系サービス」も損なわれ、最後には人間社会も崩壊し、ヒトは地球上で生存出来なくなる。 ③.我々の世代のみでなく、末永く、我々の子孫までが必要十分な「生態系サービス」を享受し、地球上で生存できるよう、私たちの世代には、「生物多様性」を維持する責任がある。 ④.ただし我々には、どんな生き物がどのように働くことで、どんな「生態系サービス」が得られているのか、詳しいことが分からない。だからどんな生き物にも等しく価値を認め、原則的に「いかなる生き物も絶滅させない」ことを目指す必要がある(現実には困難かもしれないが)。 ということになるかと思います。 ただ、これだけではいかにも >人間のためであり、動物のためにやっているのではない と言われそうですが(^_^;;、これが全く利己的で、「人間中心だ」と言われてしまうと、少し違和感があります。というのは生物多様性尊重の基盤には上記①.の自己認識があり、これはつまり「ヒトは様々な生き物のつながりの中でしか生きられない。」「様々な生き物たちに生かされ、養われている。」ということを自覚することだからです。 これは例えば、「生態系サービスを得るために自然をコントールしよう。」というような発想とは真逆で、主役はむしろ「自然」や「野生生物」の方です。まず健全な「自然」や「野生生物」があり、そのお陰で、ヒトと人間社会とが養われている。いわば、自然や野生生物が「親」で、我々はその「親」に養ってもらっている「子供」に過ぎないということです。 花里孝幸さんという湖沼生態学研究者は、このことを、新潮選書の『自然はそんなにヤワじゃない』という本で、 >(生態系保全とは)人類が生態系からはじき出されないようにすることなのである。 と書き、『アフター・デイズ』という映画の言葉を紹介しています。それは >「地球には人間はいらない。だが、人間には地球が必要なのだ。」 と、いうものです。 このような前提で生物多様性の保全と生物種の絶滅防止を目指すことは、必ずしも、人間中心の利己的な発想だとは、私は思いません。(無論「特定の動物や植物などのため」でもないですが。) また個体の生命尊重や動物福祉(≒幸せ)と生物多様性保全とは、次元の違う問題ですから、そこは切り分けて考えた方が良いと思います。しばしば、生物多様性は個体の生命や福祉より優先され、個体が犠牲になる場合がありますが(例えば外来生物駆除等)、かと言って「生物多様性保全のためには、個体生命や福祉は尊重しなくて良い。」なんてことはありません。ましてや、「生物多様性が保全される範囲内ならば、個体の生命や福祉に配慮する必要はない。」と考えるのは間違いです。 これは家畜の屠畜等でも同じで、現場では常に「どうしたら最も苦しめずに家畜を殺せるか。」「殺した生命を少しでも無駄にしないために、何をすべきか。」が研究されています(あまり公表されないですが)。 また害獣・害虫駆除等でも、現場では、「何とか殺さずに済む方法はないか。」「せめて少しでも苦しまずに殺すにはどうすべきか。」が、一生懸命考えられます。そうした苦労や工夫、あるいは苦悩を理解せず、一方的に、個体の生命を奪うことに何の配慮もないように言われるのは、事情を知らない人の勘違いか、むしろ「思い上がり」と言っても良いくらいだと、私には感じられます。 もちろん、世の中には色々な人がいますから、質問者さんが言うように、全く能天気に「生き物を大切に」と言って、考えの足りない人もいるでしょう。しかし実際にフィールドに出て生物多様性保全や環境教育の現場等に立っている人であれば、多くは、私がここに書いたくらいのことは、既に十分に考えていると思います。 ですから出来れば質問者さんも、今度「グロテスクだ」と思う「エコロジスト」に出会ったら是非、遠くから冷ややかな視線を浴びせるだけでなく、むしろ近づいて声を掛け、疑問をぶつけて欲しいですね。きっと「そこまで考えているとは思わなかった」と、感心することも多いんじゃないかと思います。 質問者さんの疑問や憤りには共感しますが、一方、それは質問者さんだけの気付きでもありません。既に多くの人が気付き、考え、行動も起こしている。そこはご理解頂きたいと思います。
 
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